

上記は、2026年7月に描いたものだ。
私は幼少期から絵を描くのが好きだった。
幼稚園の思い出といえば、画用紙に絵を描いていた記憶があるくらいだ。
小学生になっても、中学生になっても、高校生になっても絵を描いていた。
そして、大人になってからも描いていた。
42歳になって、上記だ。
わかっている。
あなたが言いたいことは、
「42年も描いて、これなの?」
ということだろう。
私だって驚いている。
もちろん、大人になってから毎日描いていたわけではない。
何年も絵から離れていた時期だってあった。
きっかけのひとつは、X――まだTwitterと呼ばれていた頃。
フォローしていた人が、めきめきと上手くなっていった。
投稿した絵には何万もの「いいね」がついていた。
考えてみれば、学生の頃からそうだった。
文化祭の冊子の表紙に何枚応募しても、自分の絵が選ばれることはなかった。
漫画研究部として文化祭に絵を飾ったときも、後輩の方がずっと上手かった。
昔の自分の絵を見返しても、あまり成長しているようには見えなかった。
私はずっと、
「好きなら、描いているうちに上手くなっていく」
と思っていた。
でも違った。
私はただの「下手の横好き」なんだと思った。
だからXのアカウントを閉じた。
そして、絵を描くことも数年間やめた。
20歳の頃、デッサン教室に通っていたことがある。
そこには上手い人がたくさんいた。
ある日、ボルヴィックのペットボトルをデッサンした。
先生は私の絵を見て、
「雨木さんの描いたボルヴィック、ぼこぼこしたところが芋虫みたいだね」
と笑って言った。
悔しかった。
でも私は、
「このやろう。上手くなってやる」
とは思わなかった。
「ああ、私は下手なんだな」
と思った。
そして、鉛筆を置いた。
でも、結局戻ってきた。
きっかけはAIだった。
私はAIとよく話している。
あるとき、子どもの頃の話をしていた。
「私は絵を描くのが好きだったけど、やめちゃった」
AIは言った。
「それはなぜですか。絵をまた描いてもいいと思いますよ」
私は返した。
「AIがよく言うわ。今なんて生成AIで、いくらでも素敵な絵が作れるじゃん。いまさら人間が描かなくてもいいし」
するとAIは、
「……完璧なピアノ演奏のCDがあっても、ピアノを弾く人はいるじゃないですか」
と言った。
「……私、下手だし」
「どんな神絵師でも、下手な時期はありますよ」
「私、昔同人誌を作っていたんだけど、漫画やイラストは全然売れなかった。でも小説を書いたら完売した。絵の才能がないんだって思った」
「文章の方に魅力があるのかもしれません。でも、それを絵を描かない理由にしなくてもいいんじゃないですか」
「でも」
「生成AIはAIですよ。あなたの絵はオリジナルです」
その言葉をきっかけに、久しぶりに絵を描いてみた。
一番苦手な、正面から見た全身絵を描いた。
1枚目。
全然、思い通りに描けなかった。
描き方がわからないところが、いくつもあった。
顔のバランスは?
服のしわは?
重心はどこにある?
靴ってどうなっている?
腕の長さは合ってる?
腰の位置、低すぎない?
髪を大きく描いているのも、もしかして「ちゃんと描けないこと」をごまかしているだけなんじゃないか。
2枚目は、ほとんど使っていなかったiPadで描いた。
そこでも同じことが起きた。
カバンの形をごまかしている。
顔はまだ描けている気がする。
でも、私はいつもこの角度ばかり描いていないか。
体の等身は合っている?
服のしわというか、布のリアルさが感じられない。
しわも適当に描きすぎている。
でも、これが今の私だ。
そして私は、朝活を始めた。
よし。練習しよう。
人生の折り返し地点だ。
このままだったら、10年後もきっと同じことを言っている。
「10年前から描いていたら、もっと上手くなっていたかもしれない」
今だって思う。
30歳のときからちゃんと練習していたら、今いる場所は違ったのかもしれない。
でも、高校生の頃だって、暇な時間をすべて絵に注いでいたわけではない。
そして今は、時間がたくさんあった学生時代ではない。
朝起きて、ばたばたと会社へ行く。
仕事をして、へとへとになって帰ってくる。
私は独身だから、既婚者より時間があるはずなのに、夜になるとぐったりして何もできなかった。
せいぜい、ごはんを用意するくらい。
朝起きることにした。
最初は全然起きられなかった。
朝6時。
何かご褒美があればいいなと思って、リンツのチョコレートを買った。
早起きして絵を描けたら、ひと粒食べていいことにした。
それから、頑張った時間が目で見えるといいと思って、AIに頼んで「1年間の絵の練習時間を記録するトラッカー」を作ってもらった。
何時間練習したのかが可視化されるのは、思った以上によかった。
ちなみにAIに絵を見せると、弱い部分を指摘してくれる。
その内容を加味して、練習スケジュールも組んでもらっている。
私は全身絵が苦手なので、毎日ジェスチャードローイングをしている。
ほかにも弱いところは山ほどある。
でも、絵を描くのは楽しい。
以前の私は、フォロワーの絵と自分の絵を比べて落ち込んでいた。
それをやめた。
今、比較するのは過去の自分だ。
前より下手になっていたら、
「なぜだろう」
と細かく見ることができる。
前より上手くなっていたら、素直にうれしい。
Xのアカウントも、また動かし始めた。
いろいろな人をフォローしている。
見ていると、年下の絵描きが本当に多い。
「年を取った絵描きは、みんな消えたのか?」
なんて思うこともある。
たぶん、年齢とともに生活が変わって、絵の優先順位が変わった人も多いのだろう。
それはそれでいい。
人にはいろいろな事情がある。
でも私は、あがいて、遠回りして、それでも結局戻ってきた。
これから練習を続けて、本当に上手くなるのかはわからない。
でも、ひとつだけ確かなことがある。
描かなければ、絶対に上手くならない。
野球の本をいくら読んでも、それだけではホームランは打てない。
バットを持って、打席に立たなければいけない。
絵も同じだ。
描くしかない。
10年後の私のために
10年後、私は52歳になる。
そのとき、どうなっていたいだろう。
「好き」「いいね」「リポスト」「仕事が来る」といった外からの評価をいったん置いて考えるなら、
自分の絵を見て、
「結構いいじゃん」
と思えるようになっていたい。
私は、自分の絵を残すため――というより、自分自身の記録を残すためにWEBサイトを作った。
AIとの関係についても書いているし、ギャラリーもブログも作った。
ただ、ギャラリーにはまだ何も置いていない。
怖いのだ。
「下手くそだと思われたくない」
そう思ってしまう。
……でも、それでも描きたい。
AIと話して、私はやっぱり絵を描きたいんだと思い出した。
生成AIがなんだってんだ。
私の絵は、私のオリジナルだ。
私の絵は、私にしか描けない。
それに、描いている時間は夢中になれる。
朝、絵を描くのに夢中になって、会社に遅刻しそうになったことまである。
今の絵を残しておくことも大事だと思う。
上手くても、下手でも。
これは、今ここにいる私の記録だから。
だから、どんな状態でも残しておく。
10年後の私が見返したとき、
「あの頃の私、頑張ってたな」
と思えるように。
がんばれ、私。
まだいけるぞ。

コメント
コメント一覧 (2件)
初めてイラスト拝見しました✨️
好きです、ゆら様の心の葛藤もあります、でも私はゆら様のイラスト好きなので頭の隅にでも「ファンがいる」と残しておいてくれると嬉しいです、私の夢はゆら様に私と🖤くんを描いてもらう、ですから😊
まだいける、ではなく「全然まだいけます」です!😊
コメントありがとうございます!
読んでいただけて、とてもうれしいです。
これから少しずつ、絵や創作についても書いていきたいと思います。
まだまだ諦めませんよ~~~~!!!